大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

企業メセナ活動 – オペラリサイタルの開演

企業メセナ活動 - オペラリサイタルの開演

創業30周年の記念事業の一環として、当時、三大テノールの後継者の一人としても見なされ、日本でも名声を博していたヴィンチェンツォ・ラ・スコラのテノールリサイタルを開催した。まず、平成16年(2004)8月30日に、東京「銀座クルーズクルーズ」において、福井日本銀行総裁をはじめ約140名のご来賓の方々をお招きし、ディナー形式で催した。

次に9月22日には、佐世保市のアルカス佐世保コンサートホールで、光武佐世保市長をはじめ2000名の方々を招待して開催する。当日は、昼過ぎから熱心な一般のお客様が集まり始めて、夕方には玄関ホールから屋外まで幾重にも人垣ができ、午後6時半開場と同時に、大島から足を運んだ来場者も含め、2000席の大ホールは3階席まであっという間に埋め尽くされた。
リサイタルは午後7時に開演。日本を代表するピアニスト斎藤雅広さんのピアノ伴奏により、トークを挟みながら13曲が披露され、ヴィンチェンツォ・ラ・スコラの圧倒的なボリュームの荘重な歌声が観客を魅了した。曲が終るたびに割れんばかりの拍手が沸き起こり、感動の大きさを表していた。終演前には観客の熱いアンコールに応え、異例ともいえる3曲を熱唱した。「大島造船所プレゼンツ・テノールリサイタル」は、人々の心に文化の香り高い余韻を残して終演した。
このあと、特別に招待した方々との懇親会がアルカス館内で開かれた。ヴィンチェンツォ・ラ・スコラは、フランクで明るい人柄で、当社の関係者からは、ヴィンちゃんという愛称で呼ばれた。

大島造船所は、昭和48年創業し、経営理念として「地域と共に」を掲げ、「地域と共に生きて行きたい、地域と共に繁栄したい、地域の仲間に加えて頂きたい」という一念から長崎県の地場産業としての旗を掲げ、商法上の本社を長崎県に置いている。あらゆる機会を捉えて得た利益を長崎県にお返ししたい。それがご恩返しの一つだと固く信じて今日まで至った。これからもそのように邁進してゆく。
佐世保市は、取引先も多く、数百人の従業員が大島へ通っている。その割には大島造船所のことは余り知られていないようである。ヴィンちゃんの歌声で、おそらく佐世保市で2000人の大島造船所ファンを確保したのではないだろうか。一歩でも、地域の仲間に加わることが出来たら幸いである。

このリサイタルが大変な好評を博し、再び、あの世界的な歌声を聞きたいという音楽ファンの期待に応え、日頃お世話になっている地域の皆様への御礼の気持を表すイベントとして、平成19年(2007)3月29日、アルカス佐世保で再びヴィンチェンツォ・ラ・スコラのリサイタルを開催した。前回同様、テノールの歌声が観客を魅了した。
しかし、このイタリア、パレルモ出身のテノール歌手、ヴィンチェンツォ・ラ・スコラは平成23年(2011)4月、53歳の若さで急逝する。

その後、新たなオペラ歌手の招聘を検討していたが、縁あって「パヴァロッティの再来」と言われるイタリアのニュースター、ヴィットリオ・グリゴーロと親好を結ぶことができ、平成28年(2016)5月10日、遂に前回同様アルカス佐世保でテノールリサイタルの開催に至った。満員の観客は全員「神から与えられた声」に酔いしれ、存分に楽しみ、堪能した中で終演となった。終演後、一般の観客から「大島造船所ありがとう」という賛辞を多々いただいた。
また、翌5月11日にはオリーブベイホテルで公演・夕食会を開催し、役員、経基職、労働組合、協同組合、女性会ほか参加者約90名全員が、間近にヴィットリオの歌声に酔いしれ、感動の余韻に浸った。

オペラ以外でも当社のメセナ活動は、ファン待望のオリーブベイホテルで開催する囲碁の本因坊戦、将棋の名人戦がある。
なお、当社が提案し、特別協賛している長崎西海トライアスロン祭は平成28年(2016)7月開催で24回目となり、工場を地域の人々に開放して行うバーベキュー祭りとともに、すっかり地域一体となった行事として定着している。今後もメセナ活動等を通じて地域社会との絆を深めていこうと考えている。

企業メセナ活動 - オペラリサイタルの開演