大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

子弟の学力レベル底上げをはかる – 青雲学舎の再開校

平成26年(2014)10月5日、旧大島保健センターにて智翔館青雲学舎の開校式が執り行われた。学習塾「青雲学舎」の21年振りの再開校である。
造船所の操業アップにより従業員が増え続けていく中で、「子弟の学力レベル底上げ、才能発掘および人格形成につながる躾教育を行いたい」という創業当時からの当社の想いは止むことはなかった。子供を持つ親も「大島はのんびりしていて、教育面では、競争心を育む環境が都会に比べて少ない」ということで同じ想いであった。
そのようなことが相まって、学習塾開校の機運が高まっていた。

開校式で、社長は、「当社が掲げる経営理念の『地域の人々に、豊かな生活を提供していく』、『地域と共に』を実践するため、大島を教育の島にします。その第一歩として智翔館青雲学舎を開校しました。」と挨拶した。
来賓の田中市長は「大島造船所のはからいで立派な塾が開校されたことは大変喜ばしいこと。大島の子供たちが大崎中学から大崎高校へ進学し、そして地元に就職することを願っています。」と祝辞を述べた。
また、前の青雲学舎設立に直接関わった関係者は「教育については、造船所が大島に進出する時からの問題だった。大島を教育面で不利にしたくないという想いは創業以来ありました。そして不況を乗り越えたあと、念願が叶って昭和58年(1983)に学習塾青雲学舎を開設しました。しかし、状況の変化で平成5年(1993)に一旦は閉校しました。ここに21年の時を経て復活することは感無量です。是非学校、教育関係部門、行政の皆さんと連携を取りながら運営をしていって下さい。」と語った。
なお、玄関には南尚代表の揮毫により木製手彫りの「青雲学舎」の看板が掲げられた。

前の青雲学舎は当社が直に運営したが、今回は、その道のプロに任せたほうが良いということで、佐世保の学習塾「智翔館」に運営を委託した。智翔館は23年の実績を持ち、有名校へ合格者を毎年多数輩出している。この特徴は、大画面TVを利用したライブ授業・有名講師による録画授業で、佐世保と同じ教育レベルの授業を遠隔地の大島で受けられることである。塾生は開校時、小・中学生31名でスタートしたが、その後、高校生、島外からも入塾し、40名を超えるようになった。平成27年(2015)3月には、中学3年生の塾生14名全員が第1志望校に合格した。

将来的には英語教育にも力に入れ、グローバルな活躍ができる人材を大島から輩出することも目指している。遠大な構想であるが、創業者南景樹の想いを受け継ぎ、覚悟をもってその経営にあたりたい。小さい頃から、学ぶことの楽しさを教え、その子供たちが日本で、そして世界で羽ばたき活躍する人材になることを夢見て一歩一歩前進していきたい。

子弟の学力レベル底上げをはかる - 青雲学舎の再開校