大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

「バルクに特化」で建造隻数急増 – 建造船700隻突破

「バルクに特化」で建造隻数急増 - 建造船700隻突破

大島造船所は、タンカー建造を目的として昭和48年(1973)2月7日設立された。翌49年(1974)6月1日に鋼板切断機点火で加工開始式を執り行い、工場の生産を始めた。50年(1975)度は、6月20日に引渡した第1番船を始めにタンカー4隻を竣工させた。

しかし、設立間もない昭和48年(1973)10月石油ショックが襲い、受注または内定済みのタンカーは、建造中のもの以外は全てキャンセルされる。
海運市況の悪化から注文が中々取れないため、タンカー専用工場としてスタートしたが、やむを得ず、バルクキャリア、カーキャリア、タグボート、巡視船等色々な船に手を出さざるを得なかった。

創業後の昭和の年代は第1次・第2次石油ショックによる海運市況の悪化、高騰を続ける円高等の要因により、2度の造船不況に見舞われ、倒産を避けるのが精一杯の状態であった。年間建造隻数も少なく、累計竣工隻数が100隻を超えたのが、1番船を引渡した昭和50年(1975)から14年後の平成元年であり、その間の年間平均建造隻数は高々約7隻であった。

平成に入って、3年(1991)に南尚社長が「バルクに特化-多数隻連続建造」という大方針を掲げた。それ以降、社を挙げてバルクの多数隻連続建造方式を進めていくことになる。客先のニーズに合わせた種々の船型開発と生産設備投資の両面からバルクキャリアー建造を深化させていき、年間建造隻数を12隻から始めて、徐々に増やしていった。現在では、単一ドックで年間40隻前後のバルクを建造する世界有数の造船所となった。

累計竣工隻数は、昭和50年(1975)から22年後の平成9年(1997)に200隻、27年後の平成14年(2002)に300隻、34年後の平成21年(2009)に500隻を突破した。年々、100隻の大台をクリアする年数が短くなっている。40年後の平成27年(2015)10月22日には769番船の引渡しで700隻目の竣工となった。

近年は年間40隻前後建造で、100隻を約2年半ピッチで竣工しており、今後も年間竣工隻数が増え続けるのを考慮すると、7年も経たずに竣工1000隻の大台を超えると予想される。まさに創業15年間の昭和の時代から見ると隔世の感がある。

「バルクに特化」で建造隻数急増 - 建造船700隻突破