大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

未竣工地の埋立 – 総組場・第3岸壁の構築

未竣工地の埋立 - 総組場・第3岸壁の構築

大島造船所の敷地は、松島炭鉱のボタ(選炭した後の岩石や粗悪な石炭)による海岸の埋め立て地をさらに広く埋め立てて造成したものである。この敷地の東側には、埋め立てずに海面が陸に食い込むようになっている所がある。この部分を未竣工地と呼び、昭和50年(1975)8月、県と公有水面埋立権利譲渡契約書を締結し、同年9月に埋め立てが許可されたが、埋め立てしないままであった。その間、埋立竣工の伸長許可を2回受けたが、平成5年(1993)3月には期限切れになっていた。また、昭和58年(1983)12月には、ここに180m×180mの海洋ドック建設の許可も受けていた。

昭和時代の造船不況を凌ぎ、平成の多数隻連続建造で、建造隻数はますます増え平成16年(2004)には29隻にもなった。さらなる増産には、ブロック置き場、総組場、係船岸壁が不足することが明らかになってきた。翌17年(2005)に入り、それらの課題を一挙に解決するために未竣工地を埋め立てることが決定された。
16年(2004)11月、海洋ドックの建設許可取り下げ願いを九州運輸局へ提出、17年(2005)12月に県へ新たに埋め立てを申請、翌18年(2006)3月に免許が下り、同年5月に埋め立て工事を着工した。埋め立ての土砂は内浦と海をつなぐ水路によって隔てられた対岸の小山を削り取って当て、19年(2007)7月に埋め立て工事は完工する。これにより約7.6万㎡の敷地が生まれて、工場の面積は合計76万㎡となった。小山を削り取った跡の平地はスクラップ置き場として利用することにした。

同年10月、埋立地はブロック置き場と上部構造用の総組場として、岸壁は係船用の第3岸壁として整備された。ブロック置き場のエリアには塗装工場が設けられ、総組場には300tジブクレーン(JC)が設置された。ここで総組された上部構造は、300tJCで新たに導入された880tキャリアに積まれ、ドックのゴライアスクレーン(GC)の股下へ移動、ドック内の建造中の船に搭載されるようになった。従来のGC股下の上部構造総組場は、他のブロックの総組場へ転用した。このように総組場の拡大は、起工から進水までの期間短縮、即ちドックの回転率向上、船の増産に大いに貢献することとなる。
また、埋立地による増産能力向上に合わせて、ブロック増産のために今までの31・32・33の小組棟に加え、30・34・35の新小組棟も完成した。
なお、大島港の第1桟橋横の旧谷口造船所跡地を買取り埋め立てて、平成16年(2004)4月30日には、管仕分け棟も新設している。

このような一連の埋め立てによる敷地の拡大と設備導入により、年間30隻以上の建造体制が着々と進展していった。この増産設備投資は翌年20年(2008)には、いよいよ、ドックのGC増設へと繋がっていくことになる。

未竣工地の埋立 - 総組場・第3岸壁の構築