大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

将来に備えて海外展開の第1歩 – ベトナムに設計会社設立

多数隻連続建造体制で建造隻数が増えていくと、マーケットにも限りがあるため同タイプの船ばかりを受注するのは、だんだんと困難になってくる。従って、造る船の範囲を拡げるため、新しい船型を常に開発していくことが必要になり、設計にかかるマンパワーの確保が重要な課題になる。いままでは、設計外注等でこなして来たが、国内の少子高齢化によって今後中長期的に国内で優秀な新規外注業者を探すのは厳しい状況になった。それを見越して平成18年(2006)6月、設計要員確保のため、海外の理工系大卒人材を求めてベトナムのハノイにダイゾーテック(DZT)を設立した。

新会社DZTでは、大島造船所から派遣された社長の下、平成18年(2006)11月に技術系7名、会計・通訳各1名の現地社員を採用し、船舶設計の教育を始めた。当初は、教育期間終了後に退職したり、入社直前に集団辞退したり、言葉の問題による技術習得の遅れ等、いろいろな問題を抱えながらも、21年(2009)には技術系社員も11名となり、教育プログラムも確立し、設立4年目で会社の体制も整ってきた。社内のコミュニケーションは、英語では訛りが強く困難なため、日本語によることとし、社員を入社後半年、ハノイの日本語学校で終日学ばせた。

そのような中、平成23年(2011)の年初、大島造船所はベトナムに工場を建設することを発表し、翌24年(2012)2月、現地法人大島造船所ベトナム(OSV)を設立した。しかし、情勢の変化により、25年(2013)11月、ベトナムの工場建設中止を決定し、翌年12月OSVを清算することとなる。この間、ベトナムでの採用はOSVが行っていたので、DZTは24年(2012)と25年(2013)の2年間、採用を止めていたが、26年(2014)3月、OSV社員11名中9名をDZTへ移籍した。この時点で、DZT技術系社員は27名となる。26年(2014)からは、44隻建造に向けた設計体制構築計画に従い、DZTは定期的に毎年20名程度を採用し、28年(2016)7月には社員数は78名となった。

人材育成では、新入社員の教育として、現地で半年の日本語研修後、大島で約1年間日本語と設計の実地研修を行う。平成29年(2017)4月以降は、ベトナム人によるべトナム語での現地教育体制に変更する予定である。そのために、大島で1期生4人が管理職としての知識・技術を学び、平成29年(2017)1月、統括課長に任用された。なお、入社3・4年目社員については、大島造船所へ出向し、更なるスキルアップを図るようにしている。また、大島造船所との専用回線も構築されて4,000kmの距離を超え、リアルタイムで設計情報を交換できるようになり、大島との一体的な設計環境が整ってきた。
DZTが若い躍動する充実した組織として、大島設計部の一翼を担う時期も遠くないと考える。

平成28年(2016)は、DZT設立10周年に当たるので、8月6日、「ダイゾーテック創立10周年記念大家族会」をシェラトン・ハノイホテルで開催した。大島造船所からは、南尚代表をはじめ14名、DZTは社員とその家族、合わせて約200名が参加した。また、ハノイ近郊の大学や日系企業の関係者も招待した。会場は、南代表、古川DZT社長の模擬店も出て、歌謡ショー、社員の出し物等で大いに盛り上がった。
この大家族会で、南代表が挨拶で述べた大家族主義経営に向かって、言葉も文化も距離も越えて200名が大島ファミリーとして、一致団結し、活躍することを誓い合った。

将来に備えて海外展開の第1歩 - ベトナムに設計会社設立