大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

プロローグ-事業の定義の陳腐化を防ぐために

プロローグ-事業の定義の陳腐化を防ぐために

大島造船所復活のもとになったのは、多数隻連続建造である。平成元年(1989)、社長に就任した南尚は、今後、どのような船を受注するかを思い悩んだ末、親会社である大阪造船所が得意としているバルクキャリア(バルク)に絞ることを考えた。そして、平成3年(1991)、熟慮を重ねた結果「バルクに特化」という大方針を掲げた。バルクに特化して、建造する船を増やしていけば、集中効果が生まれ、品質の良い船を安く造れるようになる。そのようにすれば、船主も喜び、業績も良くなる。
しかし、この方針は歓迎されて生まれたのではない。「バカバルクで儲けるなど造船をなめるな」とか「片寄り受注で、三流造船所になり下がるのか」と言われた。一方、金融筋からは、この方式は売上が増え、コストが下がり、お金がうまく回っていくのではないかということで、思い切った方針に賛同を得られた。

まず、第1歩として、年間12隻建造を目指し、50億円の設備投資と人員増加を行った。また、ドックで横に2隻並べて造る並列建造も始めた。能率よりも納期どおりに造ることを最優先し、設備と人員を整えながら、粛々と船を造っていった。このようにしてバルクに特化した多数隻連続建造が軌道に乗り出した。能率も一進一退を繰り返しながら、徐々に向上していった。

次に「バルクの深化・多様化」を掲げ、年間18隻、24隻と建造隻数を増やしながら、年間40隻建造を目指す「チャレンジ40」を打ち上げる。そのもとで、積荷の種類、荷役装置、運河・港湾で規制される船の大きさ等を考慮した多種多様なバルクを造っていくことになった。バルクの深化を推進するためには、統合的に設計可能なソフトウエアが必要である。この統合設計ソフトは、開発に膨大な人と時間を要するので、他社で開発されたパッケージソフトを購入することにした。最終的に株主である住友重機械工業(住重)と実働している三菱重工業長崎造船所(長船)のソフトに絞り込まれた。

社内に設置された情報戦略策定委員会(IS委員会)の設計部会は、これらのソフトを実用性に重点を置いてあらゆる角度から検討を重ね、長船のソフトであるメイツを選定した。長船からは、6名の技術者が大島に来て、メイツの大島導入に携わった。

メイツの大島導入後、設計陣は、船主のニーズに叶う省エネの新船型の船を次々に開発する。また、工場では、2基の1200tゴライアスクレーン増設、未竣工地の埋立、第3岸壁構築等の設備投資を重ねた。このように設計、設備、人員の充実により、バルクの深化・多様化が図られ、着々と多数隻連続建造を年々積み重ねて行った。年間44隻建造の新たな目標も掲げられた。

経営として、バルクに特化・深化し、多数隻を造るという方針が、具体的な建造隻数の目標をチャレンジとして加えることにより社員の理解を得て、着々と進んでいった。その方針の花が開いたのがこの10年の歩みであった。

「事業の定義は、組織が目標を達成したときに陳腐化する。目標が達成される時とは、お祝いをすべき時ではなく、定義を考え直すべき時である。」と言われる。
目標に向かってひたすら励んでいる時は、社員は困難をいとわず、全社一丸で邁進できるが、目標を達成したあともそのようにできるかというと案外難しい。目標達成後に初めて事業を考え直し、新しい目標を打ち上げても、できることは自ずと限られ、手遅れになる。目標達成前の経営が順調なときにこそ、次の手を考えて置かなければならない。
当社も「バルクに特化」「バルクの深化・多様化」と事業の定義を見直し、それを全社で共有してきた。今の事業が順調に進んでいく中で、今後、強みを活かしながら「事業の定義をどのように見直すか」これが当社にとって最大の課題である。