大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

Z旗からA旗へ – エースフラッグ掲揚

平成6年新春、6年度から8年度までの3年間を非常事態と予測し、「非常事態宣言」を発してZ旗を掲揚した。Z旗のもと、「世界的産業構造の変化や円高など、業界を取り巻く環境のいかなる激変にも対応できるよう、徹底したコストダウンを図り、世界一の競争力を持つ」ことを目指してきた。
経営は、一時1ドル80円を割る程の円高、慢性的な船価の低迷、韓国の設備増強といった様々な外的要因で、苦しい環境が続いていた。
8年頃には、造船業界は、為替の安定によって小康状態を保っていたが、海運業界は戦後最悪の運賃マーケットと言われた。

このような状況下、Z旗のもと、全社員が英知を結集し、「全社一丸」で戦った結果、この3年間の業績は、苦しい環境にあっても比較的安定して推移することができた。
コスト競争力は、この3年間(6年度~8年度)で格段に向上し、年間建造隻数は
11隻(6年度)から16隻(8年度)へと増加した。
この生産性向上は、著しい船価下落への対応を可能にするものであり、営業活動に幅を持たせて、年間建造隻数を11年度には20隻に伸ばす礎にもなった。
以降も苦しい経営状況に変わりはないが、取り敢えず、目標が達成できたので、非常事態終結宣言をし、本館前に3年間はためき続けてきたZ旗を降ろすことにした。

9年1月6日の新年互例会で、Z旗が降納され、代わってA旗が掲揚された。
錨とトマトとパンセをあしらった新しい「明るい大島」の旗、A旗はエースフラッグと呼ばれることになった。エースフラッグの意味するところは、
①錨は、本業造船の発展を願うもので、地域にアンカ-を下ろしている姿。
②トマトは、燎原の火でもある。造船以外の第2、第3の事業の発展を意味し、地場産業として、地域社会との共存と貢献を目指す姿勢。
③パンセは、思考すること。一人一人の仕事や人生に対する真摯な言動を意味し、常に明るく・強く・前向きに・軽やかに何事にも挑戦していく態度。
④図柄の色は、赤は太陽と星に未来と希望、緑は山林と平野に安全と豊穣、青は空と海に夢と宇宙のイメージカラーで、パンセカラーと称している。
などである。

Zから先頭のAに、心新たに、挑戦していく意味も込められている。
全社員が、これまで以上に心を一つにして、大島造船所の発展と地域社会への貢献に邁進する決意を示す「明るい大島」「強い大島」の旗である。

A旗、即ちエースフラッグの掲揚は新たなる闘いの始まりである。
エースフラッグの下で、社員一人一人が会社運営の責任分担者たる意識を持ち、自己の責任において知恵や力を出し、「特色ある世界的造船所」「小さな世界企業」を目指すことを誓った。
平成9年1月6日、Z旗を降納し、エースフラッグを掲揚したこの日は、創業記念日の昭和48年2月7日と、新生大島造船所発足の昭和63年1月1日と共に、大島造船所の歴史に記念すべき日として刻まれることになった。

降納したZ旗には全社員がサインし、Keep the spirit of Z flag in your mind !! と誓い合った。
これが大島スピリットである。
この旗は現在も社長の手元で大事に保管され、「いざという時」には、何時でも出番を待っている。しかし社員は「俺達が頑張るけん。この旗の出番はなか」と頼もしいことを言ってくれている。

Z旗からA旗へ - エースフラッグ掲揚