大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

技術で勝負 – 多数隻建造の礎となった「ニュー47BC」

技術で勝負 - 多数隻建造の礎となった「ニュー47BC」

当社の「バルク特化」・「多数隻建造」という企業戦略が功を奏した陰には、設計と工作の地道で真摯な技術改革への取り組みがあった。
平成元年に開発した42BCは日本郵船への第1船引渡しと同時に好評を得た。さらにその長さや深さの延長で43、45、47BCを生み出して大型化するバルクマーケットの要請に対応した。平成元年からの5年間は、まさに「バルクの大島」の始動期であり、42シリーズ船型の大活躍の時期であった。

しかし、開発から5年経ち、バルクの大型化がさらに進んで42シリーズ船型も最適船型とは言えなくなる。次の革新的な新船型を生み出さねばという気運が自然と高まり、設計と工作が一丸となった新船開発の活動が、平成6年暮から始まった。
こうして、「利は元にあり」を合言葉に、設計段階から品質・性能向上と徹底的な工作性改善・物量削減を盛込んだ「ニュー47BC」が誕生した。この「ニュー47BC」はその後、「バルクの大島」の成長期を支える主力船型として内外に高い評価を得ることとなる。
この設計・工作一体の活動は、常識を覆す能率の達成という意味を込め「スリーナイン」と呼ばれたが、基本思想は多数隻連続建造を成し得るように「工作の視点に立った設計をする」という点にあった。

7年の正月から、設計のグループリーダーが、代わる代わる自分の席を工作部に持ち込む。朝から晩まで現場を歩き回って、設備や工法の分析を行い、それらに最適な設計と様々な提案をひねり出す。そのような中で、それまで現場と設計の間にあった垣根は取り外され、お互いを認め合い尊重しあう雰囲気が醸成された。
そこで生み出された共同提案は1,650件にも及び、Plan-Do-Check-ActionのPDCAサイクルを地道に回しつづけた。

何も特別なことではないが、この設計・工作一体の基本に忠実な取組みこそが「バルクの大島」を支える原動力であり、技術のよりどころである。

地道な活動の中で、思い切った工法や突飛なアイデアも出された。
宮大工が釘を使わずに大きな建物を嵌め合わせて組上げるのにヒントを得た「宮大工工法」、中組ブロック単位で部材を切断して揃える「物揃え小ロット方式」、機関室の機器を床に置かずに天井から吊り下げることで中間デッキ1層を省いた「ツーデッキ工法」など、その後の大島の高い生産性と多数隻建造を支える独自技術の数々がこのとき誕生したのである。

こうして育んだ「ニュー47BC」の記念すべき第1船は、8年11月に無事完成した。その後、15年までに「ニュー47BC」だけで45隻の建造というロングセラーとなった。
その後さらにバルクの大型化は進行し、現在の主力船型である「ニュー525BC」と「ニュー555BC」も、この「ニュー47BC」の精神を受け継いで開発した船型で、既にシリーズ約60隻の受注を数えるまでに成長している。

「バルクで生きるなら、誰にも負けないバルクを作らんば」そんな真摯な気持ちが技術を産み育てたと言える。これからも「ニュー47BC」開発に取り組んだ姿勢を忘れることなく、今日も全社一丸、誰にも負けないバルクを造り続ける。
そして、「バルクの大島」と呼ばれることを目標に、それに一歩でも二歩でも近づいていきたいと考えている。