大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

大島に若い人の祭りを – 長崎大島トライアスロン大会

大島町には、町の外から人を呼び込めるような祭りがなかった。
大島造船所では、創業者南景樹の『誠実・度量・機知・勤勉・勇気・判断・友情』という七燈(*)にちなみ、町民をもてなす行事を「七燈祭り」として主催し、年々盛大にしていこうというアイデアもあった。
いずれにしても、若手が参加する祭りが望まれていた。
(*)7つの言葉を七つの燈に喩えて七燈と言う

このような時、当社は顧問弁護士から国際的なトライアスリートとして有名な白戸太朗氏を紹介され、契約選手として、支援することになる。
その白戸氏からトライアスロンのことを聞き、常勤取締役会で競技大会を大島町で開催してはどうかとの意見が出た。その理由は、
①きれいな海と、通行量の少ない道路があるので、コースを設定出来る。
②ハードな競技なので若い人の参加が多い。
③準備・運営に人手がいるので、全町的取り組みが必要で、そこから全町的な親睦が図れる。
④国内では、この競技は勃興期なので、各地からの参加が見込める。
などである。

このことを大島町に提案したところ、折しも若人の交流に通ずるスポーツなど、全町民参加のイベントを模索していたことから話が進み、平成5年7月25日に第1回長崎大島トライアスロン大会を開催にするに至った。当社は特別協賛として参画した。

トライアスロンは、2000年のシドニー大会からオリンピックの正式種目となった。 オリンピックのトライアスロンは、スイム1.5㎞、バイク40㎞、ラン10㎞の短いコースで行われており、これを長いコースの「ロングディスタンス」に対して「オリンピックディスタンス」と呼んでいる。

大島では「オリンピックディスタンス」で開催され、10数名からなる日本トップクラスの招待選手をはじめ、全国各地から約400人近くの参加者が集まり、アスリートたちの熱いレースが繰り広げられている。
また、「日本学生トライアスロン選手権大会」の九州ブロック、中国・四国ブロックの大会も兼ねていることから、学生の参加も増えている。

このイベントには、500~600人のスタッフが必要であるため、大島造船所も多数の従業員がボランティアで参加する。沿道では、各地区総出の応援が見られる。お年寄りは、「一生懸命に走る若い選手を見て元気をもらった」と喜んでいる。
参加者、スタッフ、町民とのふれあいを通じて、交流の輪が大きく広がっていった。
まさに全町あげての手作りのトライアスロン大会で、今や、すっかり、大島町の名物行事の一つとなった。これも町当局をはじめ関係者が、何とか大会を末永く育成していこうと努力してきた賜物である。

大島に若い人の祭りを - 長崎大島トライアスロン大会