大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

星のなる木 – 町民の浄財による創業者のモニュメント

大島町から、創業者南景樹を偲ぶ記念碑を町民の浄財で建てたいとの申し入れがあった。当初は、銅像を建てたいとのことであったが、南景樹は、生前、「自分の銅像を建てることはまかりならん。そのような申し入れは断ってくれ」と語っていたので、鄭重に断った。
しかし、町は「南景樹さんは、大島町の大恩人である。南さんが大島の地を踏まなければ今日の大島はなかった。銅像がだめなら、南さんの哲学が、大島町の発展と町民の幸福を常に考えていたことを記念して、モニュメントを建てさせてほしい。これは町民全員の総意です」と譲らない。

そうまで言われては断るわけにもいかず、南景樹が訪欧中に知り合い、大阪造船所の敷地にアトリエを造って育てた彫刻家の新宮晋氏に記念碑の制作を頼むことを提案した。
新宮晋氏は、ユニークな動く造形作家として世界的に知られており、作品は日本を始め、ヨーロッパ、アメリカ各地の広場、公園、建築物の上などに設置されている。
その新宮晋氏が大島町の最高峰、194mの百合が岳の山頂に南景樹を偲ぶモニュメントを制作することになった。

モニュメントはステンレス製で、板厚49ミリの太い幹と枝、枝に取り付けられた7枚の羽根から成っており、その7枚の羽根が風を受けてゆるやかに回転するという誠にユニークな構造になっている。
完成後、新宮晋氏から、
「無限に広がる大島の夜空、そこにきらめく無数の星・・・。
このモニュメントの7枚の羽根がゆるやかに回転するのを見上げると、星がこの木から生まれ、果てしない宇宙へ広がってゆくように感じられる。
大島の文化がこの木になる星のようにきらめき、そして世界へ拡がってゆくことを願っておられた南景樹氏の思いを込めて『星のなる木』と名付けたい」という提案があり、社長の南尚は「そうしよう」と返事した。また、「星のなる木」の7つの羽根には、次に示す創業者南景樹の座右の銘が込められている。

1枚は、「誠実」な努力   1枚は、「勇気」ある言動
1枚は、深い「度量」   1枚は、冷静な合理的「判断」
1枚は、広く深い教養に根ざす「機知」   1枚は、利害打算を越える「友情」
1枚は、情熱に支えられた「勤勉」

モニュメント「星のなる木」は、大島造船所の鉄構事業部が新宮晋氏のもとで制作し、落成式は、平成5年5月18日、大島町主催で、兵頭会長、南社長一家を招き、名誉町民の三井松島産業㈱ 武富相談役をはじめ270名参列のもと執り行われた。
ところが、同年8月10日の台風7号で被災したため、修復工事を行うこととなった。修復落成式が、高田知事出席のもと開催されたのは、翌6年8月17日のことである。

「星のなる木」の7枚の羽根は、今も、昼は太陽の光を、夜はライトアップされた光をきらきらと反射しながら回転している。
特に夜は、きらきらと回転する姿を、百合が岳の麓の町からも見ることができ、暗い山頂に幻想的光景を浮かび上がらせている。

星のなる木 - 町民の浄財による創業者のモニュメント