大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

明るい大島 強い大島 – 明るい中に強さを秘めた大島を目指して

平成元年6月25日、南尚が社長に就任した。
南尚は社長就任にあたって、「特色ある世界的造船所」になろうと訴えた。
これは、「規模は小さくても、高い技術水準を持ち、特定種類の造船能力は抜群にあるという特色を持つ造船所。全ての事に果敢に挑戦し、過去に例のない新しい観点を見つけだし、実践する造船所」を目指すことを意味する。
世間は、「日本でも目立たない平凡な造船所が世界的造船所を目標として掲げるとは」と大笑いした。経営陣も社員もなにくそ、今に見ておれと歯をくいしばって奮起した。

構造不況と言われる中で、さらに前進していくためには、まず、これまでの沈滞ムードを一掃する必要があった。
そこで、鎌倉の禅寺を訪問し、我が社の現況を伝え、何かいい標語はないかと教えを乞うたところ、「昔、松下電器が初めてテレビコマーシャルを世に出す時、どんな言葉を使ったらよいか相談にきた。『明るい』ということはとても大切なことだと言ったところ、間もなく、テレビに『明るいナショナル』というコマーシャルソングが流れた」という話が出た。

そこで、大島は「明るい大島」を標語にすることに決めた。この標語を看板に書き、工場の壁に掲げた。また、書家に頼み、色紙に書いて、事務所の部屋に掛けた。
ところが、ある人から「明るいだけなら馬鹿でもなれる」と言われたので、翌2年に「明るい大島」に「強い大島」を加えた。

明るい大島 強い大島 - 明るい中に強さを秘めた大島を目指して

明るい大島 強い大島 - 明るい中に強さを秘めた大島を目指して