大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

大島ブランドのさきがけ – 大島トマトの栽培

大島ブランドのさきがけ - 大島トマトの栽培

内浦地区の広大な住宅用地は不況のため、利用されることもなく、荒れるに任せていたが、雇用創出の一環として、この広大な土地を利用してトマト栽培が計画された。
昭和63年7月11日、大島造船所から出向したメンバーを中心に、長崎大島醸造にバイオ事業部が発足した。これらのメンバーは宮崎県の農家で、トマト栽培の研修を重ねた末、10月には2.2haのビニールハウスの畑に、トマトの苗6万4千本を定植した。これらのトマトは、栽培者の地道な努力によって順調に育ち、関係者の期待が大きくふくらむ中、翌年の平成元年1月末から収穫が始まった。

このトマトは、原産地南米アンデス地方の乾燥した荒れ地の環境をそのまま再現して栽培する。ハウスの中で極力、水分補給を少なくするなど、作物に対して、厳しい条件を課しており、この農法は世に「スパルタ農法」、「いじめ農法」と呼ばれている。
このトマトは茎にも葉にも産毛が生えている。この産毛が、生きるために必要な水分を空気中から吸収する。それに加えて潮風に当たるのもよいと言われている。
このようにして育ったトマトは通常のものより糖度が2~3倍高く、果肉も引き締まってしっかりしている。普通のトマトは水に浮くが、このトマトは水に沈む。野菜というよりも果物の感じである。

バイオ事業部が丹精こめて作ったトマトは、「大島トマト」の名で好評を博し、特定の店頭において果物感覚で売られている。また、贈答用としてもたいへん喜ばれている。
1月から5月の上旬には、大島アイランドホテルがトマト狩りツアーを企画し、大勢のお客様がこの「大島トマト」を目当てに訪れている。
このように「大島トマト」は、高級トマトとしてのブランドを得、一般の人々には、大島造船所より知られた存在となっている。
このトマト栽培が大島造船所の農業関連事業進出の先駆けとなった。

大島ブランドのさきがけ - 大島トマトの栽培