大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

歓喜 – 1番船の進水

歓喜 - 1番船の進水

昭和49年6月1日の操業開始により加工を始めた1番船については、加工、小組、組立の工程を経て、7月24日に最初のブロックを出棟し、9月19日には、ドック内で搭載を開始した。

この1番船は、三光汽船発注の89型タンカーで、建造作業は順調に進み、当初の計画どおり、翌50年2月28日、歓喜の進水を迎える。
進水の当日、ドックサイドに整列した1,500名の従業員を前に南尚所長が挨拶した。
「ここに無事、1番船の進水を迎えるに当たり、皆さんと共に喜びを分かち合いたい。幾多の障害・困難を乗り越えてきた皆さん方に心から感謝する。今、造船界には、前途に暗雲が立ち込めつつある。やがて訪れるであろう危機を乗り切るには、全社一丸しかない」
南所長は進水の歓喜に浸りながらも、全員の団結を訴えて気分の引き締めを図った。
その後、岸壁で船の完成へと工事が進められた1番船は、50年6月20日、命名引渡式が挙行され、無事、船主に引き渡された。

一方、ドックでは、船の建造と並行して、ドック本体の仕上げ工事が行われていた。晴れのドック竣工は、1番船の引渡を間近に控えた50年6月11日である。
当日、南景樹社長自ら稿を練った定礎銘の鎮定式が、久保知事等来賓出席のもとで行われた。
定礎銘はドック頭部の渠壁下部に埋められた黒御影石に刻み込まれており、そのレプリカが本館玄関ホールに置かれている。
かくして、難工事を乗り越え、造船所の母胎である大型ドックが完成する。その後、ここから、大島ブランドの船が次々と生み出されていくのである。

歓喜 - 1番船の進水