大島造船所物語
Oshima Shipyard Story

明るく、強く、面白く。
地域と共に歩んできた大島造船所の物語。

誕生 – 昭和48年2月7日、大島造船所創業

昭和47年12月の鍬入れ式から、年が明けて48年1月19日、「株式会社大島造船所設立に関する契約書」が大阪造船所(大造)、住友重機械工業(住重)、住友商事(住商)の3社間で締結された。

かくして、昭和48年2月7日、住商・東京本社において、設立総会が開催され、新会社「株式会社大島造船所」が正式に発足する。
代表取締役は会長に岩崎信彦(住重社長)、社長に南景樹(大造社長)、副社長に加藤五郎(住商副社長)の3名が就任した。
設立時の資本金は3.75億円で、株主3社の出資比率は大阪造船所50%、住友重機械工業25%、住友商事25%。本店は工場がある大島町に置かれた。
大まかな3社の役割分担は、大造が工場運営、住重が設計、住商が販売・生産金融を担当するというものである。また、資材については大造に委託されることになったが、大造に大型タンカーの経験がなかったので、一部を大造・住重との共同購入とした。
先に述べたように、大島造船所の誕生は難産だったが、新会社がスタートして体制も整い、工場の建設もようやく軌道に乗ってきた。

48年2月12日、アメリカはドル10%切下げなどの対外経済政策を発表した。これにより、46年12月に協定されたスミソニアン体制が崩壊する。
2月14日に、円は再度、変動相場制に移行し、1ドル=308円から1ドル=264円に急騰した。
これは創業から1週間後の出来事である。生まれたばかりの大島造船所は、造船業界を苦しめることになる円高という世間の荒波に、早速、揉まれることになった。

誕生 - 昭和48年2月7日、大島造船所創業